言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

澄んだ瞳の神様

音楽劇「ダ・ポンテ~モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才~」感想。去年同じ題材の「逃げろ!」を観ていたので興味を持った。とても良かった。


ニューヨークで妻と暮らす老年ダポンテの回想から入り、モーツァルトと共に新作オペラの創作に励んだウィーンでの約4年間を描く。さらに劇中でダポンテが回顧する形で彼自身の幼少期からの半生も描かれる。

「逃げろ!」は明確にダポンテを凡人、モーツァルトを天才と位置付けていたが、本作はタイトルにもあるようにダポンテも天才として描いている。ただ、モーツァルトとダポンテでは生まれ育ちやそれによる価値基準が大きく異なり、それによって彼らが辿る運命も異なる。この対比がよかった。

モーツァルトは宮廷作曲家の父のもとに生まれ、幼い頃から宮廷でピアノを演奏するような育ちで、自分の好きな女性(コンスタンツェ)と結婚して愛し愛されている。だから彼は最終的に死期を前にして、自分のやりたいことをやれれば名声なんて得られなくても構わないという強さに至れるのだと思う。対するダポンテは、被差別者であるユダヤ人ゲットーに生まれ、初恋は父親の後妻で実らず、やっと出会った恋人のフェラレーゼにも職を失って捨てられる。こんな境遇だったらそりゃ成り上がるしかないよな…とダポンテに共感してしまう。ダポンテが「フィガロの結婚」など、現体制を皮肉るような作品を作れるのは彼が何も持たざる者だからで、でも、だからこそ地位を手に入れた後の彼は周りからの評価を失うことを過剰に恐れる。

かといってモーツァルトへの反感は生まれず、むしろダポンテが劇中で語るように、その澄んだ目で見る世界への憧憬が募る。この作品のモーツァルトって偏屈さとか社会不適合者感がかなり薄く、無邪気な子供みたいにかわいいんだけど(別れ際に「また遊ぼう」って言うのが象徴的)それはダポンテが語るモーツァルトだからなのかもしれない。終盤、モーツァルトが亡くなったとわかるシーン、十字架の光を背に高台に立つモーツァルトと、その前で地に這うダポンテという画がすごく美しくて、これは神への信心が薄いダポンテにとって、モーツァルトが自分に救いを与えてくれるという意味では神だったのかもしれないと思わされる。そしてダポンテはモーツァルトを負け犬と呼び、後世に名を残したいと望むけど、結果的に今も名が残ってるのはモーツァルトの方という一抹の哀愁も漂う。


登場人物ひとりひとりに奥行きが感じられ、書き割り的悪役になっていないのも良かった。たとえばコンスタンツェって悪妻とされているし確かに金遣いは荒いのだが、彼女がモーツァルトにダポンテとの仲違いについてアドバイスするシーンや、その後の生き方について語るシーンを見ていると、確かにモーツァルトへの深い愛が感じられる。サリエリもこの作品では、嫌味なだけではなく、イタリアオペラの振興のためという意思を持って創作を行っていることがわかる。ダポンテがウィーン追放となったときサリエリが歌う、後進のことを考えろみたいな曲は、サリエリは生まれつきイタリア人でアイデンティティもそこにあるからいいけど、ダポンテはとにかく承認欲求を満たせる場を求める中でイタリアオペラにたどり着いたということだと思うので順序が逆で、それを言うのは酷だよな〜(わかるけど)と思わされる。フェラレーゼもこの物語において唯一ダポンテと同じくストリート育ちの野心を持った存在として描かれ、とにかくのし上がるためにどんな男も利用するだけ、という姿勢がかえって潔い。フェラレーゼの歌をダポンテだけが高く評価するのって、恋してるからかと思ったけど、幼少時に広場で歌っていた彼女の歌にも惹かれていたわけなので、庶民から成り上がった2人にだけ通じ合うものがあるということなのかな。それぞれダポンテと対立したり彼を否定するシーンはあるけど、各々の意思が感じられるため愛しやすいし、あまり物語のためにキャラクターが都合よく動かされていない多面性がある。

脚本の大島さん、舞台では初めて見た方なのだが、ダポンテの初恋の相手であるオルソラからの「あなたがいてくれてよかった」という言葉と、モーツァルトと出会っての「君がいてくれてよかった」を重ねるくだりとか(ダポンテはその後「あなたになんて出会わなければよかった」という拒絶を受けており、それが承認欲求の根本に繋がっているのを感じる)、回想の中でさらにアンサンブルを使った回想を重ねる物語の描き方がわかりやすく上手いと思った。セリフも違和感がない程度に口語で気安く、聞きやすい。あとこれは演出かなと思うけど、最後老ダポンテがメガネを外し思い出の中へ越境していきそのまま2人が最後に作った「コジ・ファン・トゥッテ」のシーンで終わるのが、かえってもう戻らない幸せな時間を感じさせて泣いてしまった。


出演者全員歌がうまい。特に海宝さん。わたし普段あんまりミュージカル観ないので多分今更なことを言っていると思いますが、今まで記憶にないレベルで強く心を掴まれた。ドン・ジョバンニの曲の最後のロングトーン凄い。単に歌がうまいというだけでなく、セリフとして聴きやすく、同時に感情がバチバチに乗っていて、観客の中にまっすぐ飛び込んできて、あまりにもよかった。曲中で女性アンサンブルと絡むシーンとか、所作に下品にならないセクシーさがあふれていて、本当に色男!って感じで最高。さらに余裕綽々なシーンだけじゃなく、地に伏して足掻くシーンでもそれを上回るくらいセクシー。なんか他の作品も観たい…と言ったら友達にアナスタシアを勧められたので観ようかなと思う。田村芽実さんも、オルソラ(初恋の相手である義母)とナンシー(ロンドンで出会う後の妻)の2役なんだけど、きちんと別人(なおナンシーの若い頃と老後も演じ分けている)であると同時に、同じ役者が演じる意味もどこかに感じさせて、とても良かった。

総合して良いミュージカル観た…という満足感(音楽劇って表記だからミュージカルじゃないのかもしれないけど…そこの違いよくわかってない…)あとこれは自分が全然詳しくないのであれなんだけど、多分ダポンテのオペラの曲を劇中曲にしてるんだと思うので、オペラ好きだったらそれも楽しいのかもしれない。