言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

宇宙の果てから手元まで

木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」感想。歌舞伎は一度も観たことない。きのかぶは気になってはいたんだけど、結局前回の桜姫〜は都合がつかず、観てみたいなと思っていたら今回は永島敬三さん(好き)が出るというのでチケットを取った。


正直、冒頭1曲目の歌の時点では、こういう感じのやつか…好きじゃないかも…とかなり及び腰になっていた。別にミュージカル俳優ではないので、歌のうまさはキャストによりけりなのだが(というか別に歌のうまさを求める演目ではないのだろうと途中から理解した)1曲目でいきなり現代の薄汚れた街を生きる様々な人々の生活をかなり長尺で歌われ、歌舞伎だと思って来たので困惑した。ただ、観ているうちにこの歌たちがどういう目的なのかなんとなくわかってきたような気がする。

 

あらすじはだいたい原作のままなんだけど、ところどころで曲中に(おそらく原作にはない)回想パートがあり、これは現代語で会話される。出奔した俊徳丸が夕陽を眺めるパートでは、幼少時の亡母や、後妻として来たばかりの玉手との記憶。合邦が玉手を刺すシーンの曲では、幼い頃から高安の後妻として嫁ぐまでの父娘の思い出。この表現が正しいのかわからないが、ある意味二次創作的なこのディテールによって解像度が上がり、現代を生きる我々も歌舞伎の登場人物に感情移入しやすくなる。歌舞伎の、現代人からしたらぶっ飛んだストーリーと馴染みのない形式の中の登場人物たちが、生きた人間として立ち上がってくる感がある。そして、歌の力によってそこに言語化しきれないエモが乗せられる。ストーリーは今の倫理観で言ったらむちゃくちゃな部分やとんでもない展開も多々あるんだけど、それにこだわらせない上演としての強さを感じる。あと、わたし家族ものは普段どちらかというと苦手なんですけど、現代劇じゃないからこそ家族愛を強調されてもアレルギー出なかったのかも。


登場人物について。内田慈さんの玉手がとにかくすごかった。道ならぬ恋に狂った毒婦、回想シーンでのピュアな少女、そして全てが発覚した後の安らかな聖母であり娘、それぞれをシームレスに行き来する。父娘の曲の回想終わり、一瞬で狂った目つきに変貌するのがすごい。鼻にかかったような声もいい。

浅香姫の永井さんも素敵。思うに、これで浅香姫が弱々しい受け身の女だったら、自分がややヘイトを感じて玉手に肩入れしてしまいそうな気がするのだが、めちゃくちゃ強くてかわいくて大好き。俊徳丸を台車に乗せて自分で引っ張ってくシーンよかった。愛する人を自分の力で助けるぞ!という気概がかっこいい。

羽曳野の伊東沙保さん、ほろびてとモダンスイマーズで観たことがあったが、改めてお芝居すご!と思った。俊徳丸を追おうとする玉手と、止めようとする羽曳野が対峙するシーン、息を止めて観ちゃった。あと羽曳野と入平にフラグ立たないかな…とちょっと思いながら見ていた(かわいいので)入平は本当におひいさまに忠実だし良いやつでおもしろくて最高。

永島さんはまた父親に愛されない息子だ…と思ったが、今回は母は存命で愛されているのでまだ良かった。次郎丸はこの物語において悪役だけど、そうなった経緯も描かれるので人間味がある。お母さんとのシーンと、子供の頃の俊徳丸とのシーンよかったな。石田さんのお母さんがまたキュート。というか全員魅力的だった。


柱がいっぱい立ち並んだセット。これは単に立ててあるだけで、劇中でキャストが運んで組み替えることで場の印象が大きく移り変わる(横に倒して重ねて並べ屋敷の間取りを表現したり、数本ずつ集めて俊徳丸が隠れ住むボロ屋になったり)そして最後、自刃した玉手と俊徳丸が言葉を交わすシーン、彼らがその周りを回るそびえ立つ柱は墓標のように見える。周りを取り囲んだ人々は茶色い大きなボールを回していて、合邦が念仏を唱える。これは百万遍のシーンだけど、この前の楽曲ではこれらのボールは宇宙の星々を表現していたので、その鮮やかなカメラの寄り引きに見とれた。

個人の心情を描く歌詞の曲もあるけど、もっと宇宙的視点というか、地上でもがく人間の営みを高いところから俯瞰で見ているような印象の曲もあり(1幕、2幕冒頭など)それによってこの物語が相対化されるというか、ミクロとマクロの併存によって適度に精神的距離が保たれ神の視点で見ていた。しかし終盤、倒れた玉手の後ろで立ち尽くし歌う老母のシーンで、急に強烈に胸に迫るものがあり泣いた。そしてその次のシーン、玉手と老母を残したまま、その前で高安家の人々が月を見ながら談笑している。もちろん彼らにも悪気があるわけではないんだけど、この断絶がすごく強烈で、「悲劇」の枠の中で置いてきぼりにされる存在を強く感じた。あとここで平馬がいないなと思っていたら(飛手さんは明らかに別人の高安の家来を演じている)原作で次郎丸は救われ彼だけが打ち首になるらしく、なるほど…と思ったり。これで終わりなのかと思いきや本当の最後に両親と玉手のシーンがあることで微かに救われたような、結局そうでもないような…。

暗いトーンで赤が入った衣装がとってもかわいい。玉手だけ黒一色で、それがキラキラしてるのも星空みたいだった。あと高安家関連の人々はみんな赤いアイメイクしてて、玉手だけ緑で、玉手の両親はアイメイクしてなかったような気がするけど、意味があるのだろうか。

 

個人的な話になるけど、最近演劇を観始めた当初よりいろんなことを考えて楽しめていないのでは?と悩ましく思うときがある。しかし今回はセットの変化や演出についていろんなことを考えながらも、最終的にはそれを全部忘れて作中に入り込めるといういちばん楽しい形で観れて良かった。木ノ下歌舞伎、演出が公演によって違う人だから次の勧進帳はまた違う感じになるんだろうけど、次も観たい。坂口涼太郎さん出るし…(好き)あとFUKAIPRODUCE羽衣を観たいな。