言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

考え続けることの大切さ

劇団チョコレートケーキ「無畏」の長い感想。めちゃめちゃおもしろかった!史実を描く中で人間の多面性や重層的な心の動きが描かれることによって、観客の感情もどんどん移り変わって操られる。歴史への批判的視点を持ちながらも突き放さず、向き合って確かめていく姿勢に意義を感じる。


南京事件、いわゆる「南京大虐殺」を起こしたとされる中支方面軍の司令官・松井石根陸軍大将と、極東軍事裁判で彼に関わることになった弁護士・上室亮一のやりとりを通じて、南京で何が起きたのか、その理由、責任とは何だったのかを描いていく物語。


松井は元々アジアが一体となって欧米列強に対抗するという「大アジア主義」を唱えて日中友好に尽力しており、過去には蒋介石に便宜を図ったこともあった。だが日本と手を組むよう蒋介石を説得する試みは失敗、上海派遣軍(後に中支方面軍)司令に就任した松井は上海防衛後、参謀本部の待機命令を無視し南京への侵攻を決める。しかし上海派遣軍と第10軍の合併である中支方面軍で、松井を老体と侮る将官たちは命令を半ば無視し、兵站が整備されていない中で徴発を行いながらの進軍で軍規は崩壊。更に南京陥落後、松井が現地の状況を把握できていないまま入城式を急がせたこともあって中国兵への残党狩りが加速、統制できず殺戮につながる。

物語の構造としてはシンプルなんだけど、こういった流れが松井と上室の会話からどんどん暴かれていくにつれ、松井への観客の印象が変わっていく。最初、高潔な理想を持ちながら虐殺を止められなかった悲劇の人みたいな描かれ方したら嫌だな…と思っていたが、それは杞憂で、松井が自分の行動について理論武装を固め「私の預かり知らぬことだが、責任は私にある」を繰り返す姿勢を上室が徹底的に論破していく。ここの「それは思考停止です」という指摘がしっくりくる。あとなぜ上海では起きなかった虐殺が南京では起きてしまったのかを考察するくだりの上室が、心の箍が外れていく表現として本が重ねられた机を片っ端からひっくり返していくんだけど、ここの演出がめちゃくちゃ良いと思った。言葉で説明するだけでは弱いけど、暴力や略奪をそのまま舞台上で表現するのは違う。本って多くの人がなんとなく大切に扱わないといけないものという感覚を持っている気がして、だから効果的な見せ方だと感じた。

そもそも大アジア主義自体が現代日本人からすると何言ってるんだって印象だが(他国からしたら日本にその指揮をとられる筋合いもないし)松井はピュアにそれが正しいと信じていた様子なので、帝国主義を内面化した人間の気持ち悪さをずっとうっすら感じていた。どんなお題目唱えようと他国に干渉するのは悪でしかないだろ。

ただ、松井が完全な悪としてのみ描かれているわけでもない。終盤上榁から「松井さんの人間としての心情が聞きたい」と追い詰められた松井が舞台の前面で這いつくばり、自身の中にあった名誉欲、功を焦る気持ちが南京進軍を急がせ全てを引き起こした、日中友好のためと唱えながら中国の民を苦しめているのが怖かった、と吐露する圧倒的シーンの後、ただ中国の人々を愛していたのは本当だ、と言う松井に、上室は目を合わせて向き合い、信じますよと言う。ここでもっと突き放し切ることもできると思うけど、逆に言えばそれは過去と現在の断絶を生んでしまうのかもしれない。ぬるいヒューマニズムと感じる人もいるのかもしれないけど、わたしはこれが逆に地に足のついた誠実さだと感じた。あと舞台の手前だけ一段高くなって八百屋舞台になってるセットが初め不思議だったんだけど、このシーンが低い姿勢で行われるのをきちんと見せるためなのかも。

役者はみんなすごいが、とにかく西尾さんと林さんがすごい。林さん、まだ50歳くらいらしいんだけど、一見高潔に見えつつもその裏の執着を捨てきれない老人だった。あと小柄なので柳川(原口さん)と中島(今里さん)に挟まれたシーンなど、哀れさも感じる。西尾さん演じる上室は実在しないキャラだと思うんだけど、装置ではない人間らしさがあり、わたしはずっと上室に感情移入して観ていた。君みたいな部下がいたら違ったかもと言われて、私だってその場にいたらどうなっていたかわからないと返すのがいい。あと西尾さんはつい先週末に帰還不能点を観たばっかりなので(それは岡本さんもそう、僧侶すごかった)こんなにすぐスイッチ切り替えてこんなにバチバチの演技できる!?と本当に尊敬した、しかも新作も出るんですよね?演劇サイボーグじゃん。西尾さんのお芝居もっと観たい。去年のペーター・ストックマン見逃したの本当に後悔している。あと渡邊りょうさん演じる田村は松井の私設秘書で、松井に心酔しているから彼を救おうとして南京であったことを調べるんだけど、このくだりが虐殺なんてなかった派への懇切丁寧な説明になっているのも皮肉が効いてていい。全体的にヘビーな話ではあるが、田村と上室のやりとりなんかはおもしろな瞬間もあった。

とにかく観ているうちにどんどんいろんなことを考えて感じて登場人物や物語の印象が変わっていくのが、生で観る演劇のおもしろさ!って感じで最高なので本当に観てほしい。あと戯曲売ってください!!!


戦争六篇では軍部を描いたこの作品が唯一男性キャストのみなので、人口の半分の人間だけで運営される政治や国家がまともなわけないよなと改めて感じた。あと松井は中支方面軍司令官ではあるが司令部に人員は少なく、第10軍を指揮する柳川や中島からは完全になめられていて、こういう構造的問題もあったんだろうな…という気がした。


あと照明。開幕、お経が流れる中で完全暗転し、スポットで上手手前の松井と後ろの壇上の上室だけが浮き上がるライティングがすっごくよくて、この時点で心を掴まれた。松井と田村の東南アジア行脚シーンでの眩しく白い真夏の日光、松井と上室が対峙するシーンのくっきりしたドラマチックな陰影、処刑シーンで松井だけを照らすスポットの静寂、他にも色々あったと思うけど、照明に関する知識が足りないからうまく説明できん!とにかくすごい。照明によってその場の作画が変わる(水彩画になったり油絵になったり、劇画になったり4コマ漫画になったりする)ということが最近少しだけわかってきてめちゃくちゃ面白いんだよな。この照明はこういう狙いでこういう技術を使ってる、って話聞いてみたすぎる。


普通に考えて6作品を2劇場使って同時上演するって狂った試みだし、やってる側すっごい大変だと思う。でもこんなむちゃくちゃしてるのに作品クオリティに全く妥協を感じない(セリフが甘いとか全然ない)のがすごい。もちろん劇団や演者の努力によるものだと思うけど、そのおかげで観客としては単純に祭りの気持ちで楽しめる。あとひとつの劇団の作品をこんなにぎゅっとして観ることってあんまりないので、作風への理解とかも深まった気がして、劇チョコのことすごく好きになってしまった。西尾さん寄り箱推しです。そしてこうして一気に見ることで上演の通底したテーマというか、生き残った子孫たちである私たちが、戦争にきちんと向き合い学び続けないといけないのだということを強く感じる。こう書くと教科書的な表現になってしまうけど、体感としてわかる。


これは好みの話ですが、ここまで3作品見て、帰還不能点は初演観たことあっての再演なのでちょっと置いといて、わたしは追憶のアリランより無畏の方が好きだ。アリランももちろん面白くはあったんだけど、ちょっと私としての人間ドラマに寄りすぎている感があった。短編2本も新作のガマも楽しみ!!