言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

台詞にしないことで伝わるメッセージ

serial number「Secret War-ひみつせん-」感想。

「hedge/insider」に原ちゃんが出たことをきっかけに観るようになった劇団。まだ数作品しか観ていないが、安定して面白いし台詞にキレがある、あと歌ったり登場人物がわかりやすく説明したり、丁寧に準備した上で演劇をあまり見ない人でも置いていかれない「エンタメ」な見せ方をやろうとしているという印象があった。でも今回はかなりシンプルに硬派な演出で、それが個人的には好みだった。戦時下の登戸研究所を題材にしていて、劇中キャラクターのプロフィールやエピソードは実在の人物をモデルにしているけど、人間関係については創作だから「登沢研究所」にしているとのこと。


ステージには薄緑っぽいテーブルと椅子(並べてその上を歩く道として使ったりもする)、タイプライターが置かれた小机。登沢の場面では曇ったガラスのはまった窓枠が吊り下げられる。王と遥子の会話は基本的に下手で行われ、琴江と遥子の切り替えはトレンチコートの脱ぎ着で示される。


2001年、化学ジャーナリストの津島遥子は北京で陸軍登沢研究所(実在の登戸研究所)に勤めていた王という男を訪ね、研究所について取材する。戦時下の登沢では諜報に利用する技術や細菌兵器などを研究する「秘密戦」が行われていた。日本では村田琴江というタイピストの女性が保管していたタイプ複写を公開したことがきっかけで、登沢について再度調査する機運が生じていた。遥子と王のやりとりと、回想の中の登沢が交互に描かれる構造。登沢の細菌や毒物を扱う二課では、課長の伴野、No2の山喜、若手の桑沢と市原(ふたりは大学の同窓)らが研究を進めている。科学の兵器利用について否定的な桑沢とそうでない市原は対照的な描かれ方。市原と琴江は映画館で偶然出会ったことがきっかけで会話を交わすようになる。桑沢は731部隊に派遣されて毒物の人体実験を行ったことから良心の呵責で精神を追い詰められ、再度中国に行くよう命令されると自ら首を吊って命を絶ち、代わりに市原の派遣が決まる。日本を去る前の夜、市原は最後に話したいと琴江を呼び出す。自分と桑沢の科学者としての違い(良心の呵責と恐怖を感じていた桑沢と、この境遇でも研究者としての好奇心や興奮を感じている市原)について語り、琴江はどちらもわかるはずだと言う市原を突き放す琴江。市原はそのまま終戦後も日本には帰らなかった。ここで王=市原だということがわかる。そして遥子は琴江の孫だった。原爆を見て、科学の平和利用を信じられなかった、たった一度きりしか許されない実験なら自分がやりたかったという気持ちを抑えられなかったから日本には帰らなかったと琴江に宛てた手紙で独白する市原。そのとき9.11テロが起き、また各国の秘密戦が始まるだろう…というところで幕。


釜山で牛を使い牛疫の感染実験を行った市原と、南京で中国人捕虜を使い毒物の人体実験を行った桑沢が、交互に自分のしたことを語り、最後に「ただ10の死があった」というシーンがものすごくよくて、特に喋りながら声を荒げるでもないのに静かに目に涙をたたえていく宮崎さんにぶち抜かれた、認識したのが去年のザ・ドクターなんだけど、めちゃくちゃいい俳優さんじゃない??マーキュリーファーも難しそうな役なのにすごく良かったし…取れるのかわからんけどアルキメデスの大戦行きたくなった。


三浦透子さんが2役なんだけど、ずっと全然違う人に見える。明るく屈託がなくてはるかに年上の王にもずけずけ切り込んでいく遥子と、内面には熱い向学心と反骨精神を秘めながらも、時代の圧力の中でそれを押し殺し静かに生きる琴江。遥子のときの方が目がきらめいているようにすら見える(うまい俳優さんって意識してるのか無意識なのかわかんないけど、目の開け具合で輝きの見え方をコントロールしてる気がするんだよな)でも遥子が琴江の孫だと分かった後のやりとりで、戦後の琴江は明るく生きていたと遥子が語り、ここで同じ俳優が演じている意味を強く感じた、琴江は抑圧のない世界なら遥子みたいな女性だったんだと思う。


市原はメンタルが強いというか起こっている事象と自分を切り離すのがうまいという印象で、別に悪人ではないし優しいんだけど、かすかにずっと怖かった。市原が桑沢にわざわざ傷を抉るようなことを言ったの、もしかして牛の実験より人体実験の方を自分がやりたかったという嫉妬の気持ちがかすかに存在していたのではと感じて、こわ…と思いつつ、人間性的には市原の方が桑沢より明らかに自分に近いから共感してしまう部分もある。坂本慶介さん「老いと建築」の基督か!「エンジェルス・イン・アメリカ」観たいな。


あと印象的だったのが佐野功さん演じる浦井。出番多くはないけど私は好きな役。陸軍中野学校(諜報任務にあたる軍人を養成していた)卒で、民間からの登用が多い登沢を監督して見張る立場の軍人。いわゆる軍人らしく声を荒げたりはしないしずっと慇懃な喋り方の中に何とも言えない怖さがあって、皆浦井を恐れている。事前に詩森さんが1対8の1の方の役、って言ってた通り、作品の中では異質。人体実験のくだり、前に立つ桑沢が目に涙を浮かべている後ろでうっすら笑って見えたのが恐ろしい。でも取り乱した桑沢に、前線で戦っている兵士たちに捕虜を殺した良心の呵責なんて言えるか、と問うシーンと、桑沢が自殺した後それを隠蔽し、結果責任をとって研究所を離れることになるくだりで、浦井の持っている哲学は現代では決して倫理的に正しいものとは言えないし褒められないが、確かな軸を持って生きている人間だと感じた。戦後の生き方について伴野や山喜らについては語られても浦井のことは語られないので、どうなったんだろう、軍人だし…戦争裁判とか…と思いを馳せてしまった。


もっと強烈に戦争が悪というメッセージを発されるのかなと思ってたんだけど、実際観たらそういう感じじゃなくて、なんなら登沢自体は進歩的な空気すらあるし(これは実際そうだったらしい、インテリの集まりだから)妙に陽気に描かれてて、それが逆に居心地悪くなってくる、誰もどうしようもない悪人としては描かれていない(わたしは浦井ですらもそうだと感じた)ことが、そういう善人寄りの一般人たちの倫理観を破壊していく戦争の恐ろしさを証明する。二課の課長を務める伴野とその右腕として細菌の研究をしている山喜が象徴的だと思う。伴野は優しい上司だし、山喜は気さくな中間管理職。このふたりが特攻隊について話すシーンがあって、山喜は飛行機で空母に突っ込むなんて馬鹿げてる、沈没させるのに何機必要だと思ってるのか、先に飛行機がなくなる、と言うんだけど、そこにその飛行機を操縦している隊員の命が失われることについての言及が一言もないの、怖…と思うし、伴野も同様に何も言わない。伴野は戦後に悩み続けた結果手記を出して亡くなったというくだりで多少内面の揺らぎが見えるが、山喜は最後まで悪びれないし、それは我々が責めるべきことでもないんだよなと思う。


現金の持ち合わせがなくて台本を買えなかったのがマジでミスなんですが、ここいいな!と思う台詞がいっぱいあった、琴江と市原がコーヒー飲むシーンの、科学者の顔色はくすみ、戦争の色だけが濃くなっていく…みたいな台詞良かったな。serial number、気が早いけど次の公演も楽しみにしてます。