言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

登場人物を動かすか、登場人物が動くか

劇団印象「ジョージ・オーウェル〜沈黙の声〜」感想。

題材的に興味があったので観に行った。

 

ジョージ・オーウェル(本名エリック)が「動物農場」や「1984」といった名作を描くまでの物語。第二次世界大戦下のイギリス、BBCのインド向け放送の責任者を務めることになったエリックだが、戦況が激化するにつれプロパガンダが強まり、インド独立を志向するインド人スタッフとの対立も深まり、自らの正義感と現実の板挟みになって苦悩する。同時に、オーウェルと同時期に活躍した作家であるマーレイ・コンスタンティンが実はキャサリン・バーデキンという女性だったことから、女性であることを隠して執筆するしかない彼女とエリックを対立させフェミニズム的メッセージも表現する。最終的にエリックはBBCを退職し「動物農場」を執筆。ソ連への風刺を含む本作の出版は各社に難色を示されるも、友人である出版社社長・フレディを説き伏せて刊行し大ヒット。しかしアイリーンが病で急逝。エリックは苦悩するが、アイリーンの幻影と会話して「1984」の執筆を始めるというラスト。


女性陣の演技が好きだった。特にエリックの妻のアイリーンを演じる滝沢花野さん、キャサリン役の佐乃美千子さんがよかった。エリックのサポートに徹するアイリーンと、離婚し2人の子供を育てながら自ら小説を書くキャサリンは、当時の女として対極にある生き方をしているんだけど、アイリーン自身はそれで満足していると語る。ただ、満足していると感じること自体が男女の賃金差や性役割分担が一般的な当時の社会で築かれた価値観に基づいているし、そしてアイリーンは突然病死する。最後まで「自分のやりたいこと」と向き合う機会はなかった彼女が、それでもなおエリックの幻想の中で彼に代表作を執筆するきっかけを与えるのはなんともだなと思う。

一方でエリック(オーウェル)の村岡哲至さんがちょっと合わなかった。静かなシーンはいいんだけど、感情が昂るシーンの抑揚が過剰かつワンパターンに感じる。エリックの上司・ジョナサン役の北川さんはちょっと露悪的にやりすぎではと思う部分もありつつ、植民地支配の正当性を主張するシーンとか嫌な開き直りの貫禄があって好きだった。


ストーリーはわかりやすいし、描きたいメッセージも明確。良いなと思うシーンやセリフもある。夫のタイプを手伝うアイリーンの独白の後、そのまま対比されるキャサリンの独白に移るくだりや、ラジオブースで植民地支配の加害者であることを強く自覚したエリックが、自作「象を撃つ」に登場するビルマ人たちの幻想を見るくだりなどは特に好きだった(ここ、ビルマ人たちが黒幕の下から出てくるときに足の先から出てくるのが良い)

ただわたしはキャラクターが物語のために動かされすぎていて、あまり生きていないと感じた。キャラクターひとりひとりの細かい行動や人格の一貫性に納得感が持てない。例えばキャサリンが2度目にエリックの家を訪ねてくるのって特にエリックへの用事はなかった気がするんだけど、1度目にエリックからアイリーンにタイプを手伝ってもらっていることを聞いて、アイリーンと話すためにやってきたということ?それってありえる?キャサリン自体1度目の登場時は至極落ち着いているのに、2度目はすごくエキセントリック(これはフレッドに自身がマーレイであることを言われたから?)なのも違和感がある。あとキャサリンがアイリーンに無理矢理キスするのって明確な性加害なので、キャサリンの主張はフェミニストとして真っ当な内容であるからこそ、そういう描き方をしてほしくなかったなと思う。あとブーペンも、もちろん植民地支配が悪でインド独立を志向すること自体は当然として、詩の番組が作られるというだけであんなに態度を軟化させるのがよくわからない、その前の番組の企画に対しては批判的だったからなおさら…とはいえ、ブーペンが「他の人があの番組をやっていたらまるで違う内容になっていただろう」って、BBCの中でできる限りの努力を見せたエリックのことを認めるシーンはぐっときた。あとエリックの家を舞台にしたシーンが多くて、人々が玄関ブザーを鳴らしてはやってくるのにもちょっと単調さを感じてしまったかも。完全にワンシチュエーションなら逆に割り切れるけど、ラジオブースへの場転はあるので…。

 

史実を脚色した物語って物語自体に大きな動きがあるわけではないことが多いから、登場人物自体の魅力や感情の動きが感じられないと、淡々としてしまってやや退屈に感じかねないんだなと思った。面白くなかったわけではないんだけど。

ただ植民地支配と帝国主義は悪だが、宗主国の人間はその加害性に無自覚もしくは自覚が不十分な場合があるし、自覚的であっても時代の大きな流れの中ではそれに逆らえない場合もある。エリック自身イギリスに対しては明確に何か行動を起こせたわけではない。これは戦時中の日本にも当てはまることだし、加害者側が加害を自覚したときの苦悩について正当化せずに描かれているのは良いと思った。