言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

悲劇でも喜劇でもない険しさ

singing dog「Drunk」感想。井内さんのファンなのと、singing dogのアルコール依存症を扱った過去作「ブラックアウト」が好きだったので観に行った。


バー「Perfect Day」に夜な夜な集う常連たちの大半はアル中。開き直ってアルコール病棟を出たり入ったりしている上野、看護師の彼女と同棲している田端、リサイクルショップに勤める神田、2人の子持ちの既婚初老リーマン大塚、外資系リーマンの目黒、フリーターの馬場。田端は彼女、大塚は妻から酒をやめる・減らすように再三言われ続けているが、田端はやめようという気がなく、大塚は一度スリップ(断酒からまた酒を飲んでしまうこと)して以来やめられずにいる。


今回楢原さん演じるバーのマスターが狂言回し的な役目で、そこここで独白しながら話が進む。このマスターがすごく人間で、個人的にとても好きな役だった。まず常連客がアル中なのをわかりながら求められれば酒を出し続けているので、最初は極悪な人間なのかなと思うが、やがてマスターもアル中だということがわかる。酒を背負うのが十字架というセリフにもあるように、マスター自身自分への戒めとして酒に最も近いところに身を置いているし、序盤の「光に集まる蛾みたい」というセリフも自嘲を含んでいるということがわかる。そして後半アル中の症状がかなり極まってきている神田に、マスターは、客にこういうことはあんまり言わないんだけど病院に行こう、と言う。妻や彼女が酒を止めるように働きかけてくれる大塚や田端と違い、神田は完全にひとりぼっちであることが劇中で示されていて、それを知っているマスターはだからこそ神田に声をかけた。この場面で孤独を吐露する神田と、それに向き合うマスターがよかった。マスター自身、父親と叔父が共にアル中で亡くなり孤独な中で、適切な治療を受けアル中から回復して10年飲んでいないという経緯があるから、ここで神田にかける言葉が上っ面にならない。


でも神田はマスターがその場を離れた隙に逃げ、側溝で溺れて亡くなる。次の場面は神田の葬式の後。神田を疎んでいた弟夫婦から嫌がられながらも火葬場まで付き添ったマスターは、店に戻ったとき大塚の妻がお清めの塩を撒くのを断る。葬式帰りに塩を撒くのって、身内の場合はやらないはずだから、マスターが神田を家族だと思っているということなのかな。その後マスターは全部の酒をカウンターから出し、この店を畳むと言って神田に話しかけながら酒を飲み始める。このシーンがマスターの自傷行為に見えて痛々しかった。酒に逃げているというよりも(それもあるんだけど)神田を救えなかった報いとして自分が最もひどいことになる選択肢を選んでいると感じた。


前半に生前の神田がカラオケの持ち歌として平井堅の「ノンフィクション」を歌うくだりがあり、悲しむ面々は酒を飲みながら合唱する。ただここ、劇的ではあるけどこのままいくと何も解決しないんだよな…ともやもやした気持ちでいたら、下戸である田端の彼女がいつまでやるの!とキレて自ら強い酒を口にし、急性アルコール中毒で運ばれる。ここ、直接的に関係ない目黒や馬場が心配して素早く動き、泥酔しながらも追いかけようとする田端に上野が手を貸すのが良かった。アル中たちはアル中だけど人間的には極悪人というわけではないし、同病相哀れむというやつかもしれないが互いに助け合ってはいるんだよな(馬場に酒をすすめる上野のように足を引っ張る瞬間もあるが…)目黒と上野も、外資系リーマンで常連たちを内心見下すことで精神の安定を保とうとしている目黒(アル中だと認めない)と、それを看破してキレる上野というやりとりがあり、でも深夜に店で寝ていた目黒が幻覚を見て暴れるとき上野はそれを助けようとする。上野は口では酒は最高だから絶対やめないというけど、実際病棟に出たり入ったりしていることからわかるように酒をやめたい気持ちがないわけではなく、その狭間で苦しんでいるが、人に苦しさを見せて哀れまれたくないという見栄が強いように思う。あと上野が暴れるシーン、最大限にリアリティと迫力を出しながら暴れをコントロールしていると感じて良かった。


事件は起きるんだけどそこに過剰な物語付けがないというか、悲劇でも喜劇でもなく起きたことを描くというフラットな印象を受ける。一方でアル中の面々に向ける視線が、決して甘くはないけど突き離さない優しさを持っているのがいいなと思う。正直自分は酒が飲めないので、「ブラックアウト」を見るまでは依存症っていうけど気持ちの問題であって自分でやめられるだろ、甘えだと思っていた部分があった。しかし「ブラックアウト」でも今作でも、依存症は病気であり適切な治療が必要なこと、なおかつ酒の情報があふれるこの世界で、2度とスリップせずに生きていくのがいかに難しいかということが描かれ、そう言われてみると自分が抱くアル中に対する意識に暴力性があることを自覚した。確かセリフにもあるけど、酒をやめる脳の回路が焼き切れちゃってるんだよな。それって不可逆だから、一度アル中になったら一生酒を断つことでしか克服できない。恐ろしいことだ。


アル中が全員男性でそれに翻弄されるのが女性という構造にはちょっと古さも感じたが、調べたらアル中人口の男女比って9:1くらいらしいから、現実に即して描くとそうなるのかもしれない。アル中の彼らにはそれぞれそうなってしまった理由がある。神田は弟との軋轢と孤独、大塚は職場の避けられない接待、目黒はハードな仕事のストレス、マスターは環境と遺伝。これからの日本ではどうなるのかわからないけど、現状の日本だと男性性に紐つく理由が多いのかもしれない。馬場と上野と田端の背景は描かれないが、必ずしも皆が皆はっきり理由づけられるものがあるとは限らないだろうからそれもいいと思った。田端役の吉田さん、「ブラックアウト」ではニコニコしながらとにかく人に酒を飲ませようとする優しい悪魔みたいな役で怖かったんだけど、今作はもっと等身大の人間というか、ヘラヘラしたどうしようもないクズという感じでこれも好きだったな。あと手足がめちゃくちゃ細長くないですか?漫画のルパンみたいなシルエットをしている。


井内さんの馬場は、中盤で自助グループの先輩がスリップしてひどい亡くなり方をしたことから断酒と就職を決意する。上野や田端たちに酒を勧められても頑として断り続け、最後には入院したマスターの代わりに店を一旦引き継ぐ。最後のシーンでバーカンに立ち、上野と目黒に酒を出しながらスポットが当たる馬場の不穏な表情こそが、断酒を続けることの険しい道のりを示している。せりふにある通り、今日は飲まなかった、の積み重ねなんだな。あとツーブロックがとてもいいですね(よこしまな感想)


演劇ならでは、と感じる見立てのような演出はあんまりなくて、このままドラマにもできそうだなと思う(良い悪いではなく)。舞台はバーのワンシチュエーションなので転換がないのは好きだ。あと音楽が劇伴みたいで、主張しすぎないのに確かに存在しているのが良い。