言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

梅棒「おどんろ」にみるケアの可能性

作演出の今人さんがどんなことを考えて作っているかは全然わからないんだけど(今日リピチケ買ってたらパンフ買い損ねた、あと2回行くから次に買う)わたしはこの作品をケアの可能性の物語だと思ったので書き留めておきます。パンフ読んだら修正追記するかもしれない。

 

▼あらすじ
NEO妖怪(付喪神みたいな感じ)によるいたずら事件が多発し、彼らを取り締まる不思議犯罪捜査課が存在しているタイトー区。瀬賀寺の住職・瀬賀三四郎は、ひそかに妖怪たちを寺に匿う役目を負っている。うだつの上がらないサラリーマン・萬代は、ある日自分が使っていたビニール傘から生まれた妖怪・傘児童と出会い懐かれる。三四郎に傘児童もろとも寺へ連れて行かれた萬代と、そのあとをつけた不思議犯罪捜査課の巡査・那夢子は、そこで妖怪たちの人間に捨てられた過去を知り、彼らと交流するようになる。一方、萬代の勤め先の製薬会社・天堂製薬ではエナジードリンクの開発が難航しているが、ひょんなことから開発者の博士が妖怪の身体の一部を手に入れたことで、妖怪を特殊な装置にかけて採れるエキス(?)がドリンクの材料にうってつけだとわかる。警察と天堂製薬は手を組み、瀬賀寺の妖怪たちを一網打尽に捕らえる。逃げのびたリーダー格の妖怪・妖太郎と萬代、三四郎、那夢子は妖怪たちを救出に向かうが、多勢に無勢、しかも最新技術の武器やエナジードリンクで強化されている天堂製薬勢に太刀打ちできず、装置にかけられて弱った傘児童が消滅してしまう。それを見て怒った妖太郎が暴走し、なんとか止めるも、会社ビルは倒壊。脱出する途中で、妖怪たちは人間をかばって姿を消す。


主人公にあたる萬代って、いわゆる「弱者男性」的な要素を持っている(この呼称は支持していませんが)実家が貧しく、学生時代はいじめにあって友達もおらず、今も会社勤めはしているけど職場でうまく人間関係を築けていない。未婚でおそらく恋人はいなくて、ワンルームの自宅に帰るとひとりでゲームをする日々。誰にも必要とされていなくて孤独。そんな彼が傘児童に出会い触れ合うことで、だんだん他者を大切に思うようになる。傘児童は雨が降ったら萬代に傘をさしかけるし、萬代は眠った傘児童に毛布をかけてあげる。人間と妖怪という異なる種族ですらも、寄り添って生きることができる。

傘児童と萬代だけでなく、瀬賀寺に集まった妖怪たちは皆「必要とされない」という傷を抱え、互いにケアしあって共同生活を営んでいる。彼らは血のつながった家族でも恋人でもない。関係に名前はなく、強いて言えば仲間と呼ぶのがいちばんふさわしい。妖怪たちは傘児童と萬代を仲間として受け入れる。


つながりによって彼らは変化する。今までの人生で嫌なことがあっても、ずっと頭の中で反撃するだけで耐えてきた萬代は、妖怪たちとの絆が生まれたことで、彼らを救うために初めて自ら行動を起こし拳を握る。また傘児童以外の妖怪たちは多かれ少なかれ人間に敵意がある。それは妖怪たちが人間に捨てられた傷を抱えているからで、だから彼らは人間に嫌がらせを仕掛けていた。終盤、倒壊するビルから逃げるときに妖怪たちが能力を使って人間たちを助け、崩落に巻き込まれ消えていくくだり、めちゃくちゃ泣いたけど、彼らはあのシーンで初めて、必要とされる形で自らの能力を行使できた、自己実現できたのかもしれない。ラスト、妖怪たちは消えたわけではないが、人間たちの目からは見えなくなっている。これは彼らの傷が癒え、存在理由を他者に求めなくなったことで世界が交わらなくなったのかなと思った。同様に萬代も会社を辞め、自分の得意なことを生かして店を始めている。会社の後輩だった阿多利が店を手伝っているのを見ると、他者とのコミュニケーションも改善されている様子だ。萬代も自分自身の中に存在理由を見つけ、自分の足で立って他者と関われるようになったのだと思う。


あと暴走した妖太郎を最終的に止めるのが保護者にあたる瀬賀でも、ヒロインにあたる那夢子でもなく、傘児童を失った悲しみの大きさを誰より共有している萬代なのが本当に良かった。萬代が妖太郎を抱きしめた瞬間、すごい勢いで涙が出て、そこに瀬賀、那夢子、妖怪たちが加わっていくのを見てもっと泣いた。ここでも大切な存在を失ったときに残されたもの同士がどうケアし合うか、が描かれている気がした。


もうひとつ、「おどんろ」では男女の恋愛がほぼ描かれない。那夢子と妖太郎の間に何かしらの感情が生じたらしき描写はうっすらとあるけど、そこに具体的な名前はつかないし、特段のゴールにも至らずに終わる。梅棒は主人公およびそれに準じるキャラとヒロインの恋の成立で大団円という作品も過去には多かった(あと「ウチの親父が最強」「Shuttered Guy」など家族愛をポジティブに描く作品も多かった)もちろんそれ自体が悪いというわけじゃないんだけど、ある在り方だけを描き続けることはそれ以外を無視することになる。「ラヴ・ミー・ドゥー!」から「風桶」再演と恋愛要素の強い作品が続いたのもあって、去年「風桶」再演を観たときに、ヘテロカップルの成立という形以外のハッピーエンドを梅棒で見たいとツイートしていたんだけど、今回はそれが完全に実現していた(切なさはあるけど前向きなエンドだと思う)家族でも恋人でもない他者同士の結びつきと、それによるポジティブな変化。本当は去年公演されるはずだったわけだから、梅棒はわたしの思うようなことはもっとずっと前から考えていたんだなと思った。作品でいうと「OFF THE WALL」も異星人との友情が軸だったけど、あれは主人公が小学生だったので、大人を主人公にしてこの形をとったことがわたしはすごく嬉しい。


梅棒はダンス公演なので本編中は基本的にナレーション以外台詞がない。なのでわかりやすさがとても大事だけど、わかりやすい笑いというのはアプローチによっては暴力性を孕みうる。おそらく今人さんはそれを防ぐバランス感覚がとてもうまいというか、あらゆることを考慮しながら作っているんだろうなと思うし、ん?とひっかかることがない。だから毎回心から楽しみに観に行ける。本当に信頼できるアーティストだと思う。

 

長々と勝手に感じたことを書いたけど、作品はひたすらシンプルに面白いです。ダンスがすごくて、出演者全員が全力だから観ると元気になれる。あとキャラ全員にバックグラウンドが感じられて、板の上で生きてる。元々遠藤誠さんが好きで梅棒を見始めたので、お休みに入られてしまってさみしいんだけど、今回見て改めてみんな好きだな…と思った。特に今回は萬代を演じる梅澤さんがめちゃくちゃよかったけど、同じくらい阿多利役の多和田さんの魅力に気づかされた。もちろん客演勢も魅力的。小越さんも大西さんも表情がくるくる変わる。

 

あと観客は先に妖怪たちをよく知ってる状態でエナジードリンクの材料にするって話になるから、天堂製薬側を鬼畜だ!と思うし警察のことも信じられないけど、天堂製薬や警察の側からしたら妖怪と関わったことがないわけで、その知能レベルも性格も背景も知らないんだから、動物を材料にするのと同じ感覚だよなと観終わってから気づいた。だから無辜ってわけじゃないけど…昨日マーキュリー・ファー配信で観たのもあって、これも牛の頭を持った人間か人間の身体を持った牛か問題なのかもと思った。