言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

あなたとわたしはちがう

露と枕「わたつうみ」以前観た公演が色々言いながらもおもしろかったのと、あらすじに興味を惹かれて観に行った。ところどころネタバレしています。


文明を否定し自然に還ることを是とする新興宗教「磐籬の郷」のコミューンで生まれ、文明を知らない人間の在るべき姿「磐籬の友」として神の代弁者とされていた7人の子どもたち。コミューンでは食糧の不足から、罪を犯した人間を処刑し弔いと称して食べることもあった。それが発覚してコミューンが崩壊し、療養施設に引き取られた彼らと、その社会復帰をサポートする職員5人による1年間の物語。

 

とてもおもしろかった。仕事で冒頭間に合わなかったのが本当にくやしいのですが、取り急ぎ台本を読んでやや補完。まず脚本がおもしろい。この話は宗教2世の物語でもあるが、現実に存在する宗教2世の問題をルポルタージュ的に扱う話というわけではなく、宗教を切り口にもっと普遍的な自他境界やアイデンティティ、存在意義というテーマについて描いているという印象をうけた。子どもたちは郷で人々の懺悔を聞き許すことを求められて育ち、寛容であるべきという価値観を内面化している。また、特に年長で教祖の息子である〇一(子どもたちは両親の生まれた区域から番号の名前をつけられている)は、子どもたちがひとまとまりとなって同じ考えを持つことを求め、異なる考えを持った三五に苛立ちを見せる。施設に来たばかりの頃の彼らは自分とそれ以外がどこか曖昧だ。全員が「わたし」という一人称を使うところからもそれを感じる。

でも人間って、どれだけ同じであろうとしてもひとりひとりが絶対に違う体験をして違うことを考えているから、同じになることなんてできない。たとえば子どもたちのひとり一四は、皆で脱走した後自主的に施設に帰ってきて、文明にいたいと話す。彼が語る、郷にいた車好きのシェフの話は彼だけの体験と思い出で、そしてその人をおそらく失い食べたことが一四の心に刺さり続けている。施設で食事を作っている宇都宮に一四がシェフの話をするシーンで泣きそうになる。他の子どもたちもそれぞれの個性と考えと傷があり、施設での日々の中で違いが顕在化して、すれ違いや衝突が生まれていく。そして〇一自身も、同じであろうとすること自体が大きな苦しみになっていたことがやがてわかる。これは主観の感想ですが、人間はひとりひとり違うから、他者の全てを許すなんていうことは絶対に不可能で、許せないことがあるという認識こそが、自立した人間として自他を尊重しながら生きるために必要なのではないか。また同時に違う存在だからこそ自分の中の論理で他者を決めつけてはならず、向き合うことで違いを感じるコミュニケーションが重要だというのが、横川が三五に七三と話すよう言うシーンで伝わってきた。7人は施設での1年で、身体を切り離される痛みを味わいながらもひとりひとりになっていく。施設で初めは揃いの水色の服を着ていた子どもたちが、だんだんバラバラな色の上着を着るようになり、そして施設を出ていくシーンとカーテンコールでは(出ていくシーンが描かれない子も)それぞれ個性のある違った服装になっているのがよかったな。

 

近しいテーマを、設定を現実に寄せもっと淡々としたストーリーで描く形もありえそうだなと思うんだけど、観客の興味を惹くエンタメ性(と言ってしまうと即物的に聞こえるが、ミステリー要素とか不穏さ気味悪さとか作り込まれた設定とか、何が起きるの?続きが気になる!というパワー)とその裏を貫くテーマ性のバランス感覚がすごいと感じた。また、それによって現実の問題を消費しているとも感じさせない描き方なのも良い。職員のひとりである横川は自身も他の宗教2世ということが途中でわかり、当事者でもある彼女の存在によって単純な二項対立化が避けられていると感じる。

あと過去作の「帰忘」でも思ったんだけど、作演の井上瑠菜さん、会話のやりとりの中で少しずつ過不足なく必要情報を伝えながら、同時に人物の人となりをにじませて愛着もわかせていくのがとてもうまいと思う。12人それぞれが生きている。


内容の話。パンフによると七三は文明の男と郷の女の間に生まれた子で、それを信者に圧力をかけられた三五が許さなかったことから村は処刑と食人に進んでいったらしい。つまり三五が責任を感じている最初の死は七三の母親ってことですよね。劇中でも少し触れられているけど、七三だけは里にいたときから文明を知っていた?そのダブルスタンダードが、あの無邪気さの中に時折刃を閃かせるようなキャラクターにつながっているのかな。自分に縋る〇一に巫の面影を見るのもそう。神ではないと知りながら神として扱われてきた七三にとって、三五だけが自分を神ではなく人格を持つ生きた人間として見てくれて、自分が悪いことをしたら他の人と違って許さなくて、だから三五がいちばん大切だよと言うのかな。海に還ると言う七三とそれを止める三五のシーン、すべてのよりどころを失って世界に放り出されたどうしようもないつらさと、ふたりの感情の交歓の鋭いきらめきがあって見とれた。ここにロマンスを感じて消費してしまうのはあまり良い観客ではないのかもしれないという自覚はありつつ、とても美しいシーンだった。


演者もみんな素敵。個人的に特に佇まいが好きだったのは精神科医役の横手慎太郎さん。良い意味でゆるさや余白に色気があって魅力的。過去公演で知った越前屋さんもよかったな…。水色を基調とした海を感じさせる抽象的なセットで、水面のような色味が綺麗だった。あと台本にスピンオフ(今回だと巫の手記)が入ってるのと、パンフに詳細な設定や劇作メモが載ってるのすごくいいですね。