愛を求める右手
MCR「死んだら流石に愛しく思え」Final Editionとのことで再再演だけど初見。MCRがけっこう好きなのと小野さんが出るので観に行った。
実在の殺人犯・ヘンリーリールーカスを下敷きに大量殺人鬼の男の人生を描く。売春婦の母親から虐待を受けて育った川島は、婚約者との仲を引き裂かれたことが決め手になり母親を殺害、間もなく快楽殺人者の奥田、その妹の飛鳥と出会い、飛鳥と恋に落ち、旅をしながら無軌道な殺人を繰り返すようになる。だが母親の反動でセックスは汚いものだという価値観を持つ川島は、飛鳥とセックスすることはできない。やがて漫画家を志した飛鳥は旅から離れることになり、奇妙な宗教団体に身を寄せる。だが川島が旅から戻ると、団体の人間は通報をちらつかせ、またそれまで殺人を悪と認識していなかった飛鳥は宗教に染まったことで川島を糾弾したため殺害。飛鳥の死体を損壊しようとした奥田も殺害。という顛末が、取調室で川島が刑事に語る形で描かれる。ヘンリーリールーカスを知らなかったのですが(レクター博士のモデルでもあるらしい)劇中のかなりの要素(川島の過去はもちろんのこと、「息をするように人を殺す」「人間は白い紙」ってセリフとか、飛鳥が川島をパパって呼ぶのとか)が事実に由来している様子。
ただそれだけではなく、同時に川島の人生を夢に見ている小野という男が舞台上に存在している。小野は浮気したり借りた金を返さなかったりするクズで、別れ話の中で元カノから「お前は誰にも愛されないし誰のことも愛せない」と言われたことをきっかけに(これは川島が毒母から言われて育ったことと同じ)川島の人生を夢に見るようになり、やがて自分自身も夢の世界に取り込まれてしまう。
正直、この作品を自分がよくわかってないのではないか?という懸念が結構ある。これまで観た櫻井さんの作品が、アンジェリーナ〜、あの部屋が燃えろ、アカデミック・チェインソウだったので、グルーヴ感のあるテンポの速いセリフの軽妙な応酬で観客を否が応でも巻き込みながら、最後は何らかのカタルシスに(そこに含まれる哀愁の味付けは作品によって異なるが)終着するという作風だと認識していたんだけど、今作は全然違った。とにかくヘビーだし、セリフのやり取りもそれに伴って重い。あっそこまで全部セリフで言うんだと思う瞬間もあったし、やや抽象的なセリフを高い熱量で投げ合うので、こっちがややついていけなくなる瞬間もあった。でもじゃあ面白くなかったのかと言われると、そういうわけではないと思う。高カロリーな食事を全部消化しきれてない感じ。
小野の設定も正直最初は全然意図がわからなくて、あえて物語に額縁をはめこまれたような印象があり、窮屈に感じていたのだが、中盤小野と友人の澤が夢の世界に取り込まれ、小野が帰れなくなり、そして最後川島と対峙するシーンで少しだけわかったような気がした。川島を単なるエモい物語、「おはなし」として消費して終わらないための架け橋として小野をおいているのか?小野は劇中では川島の生まれ変わりという案が提示されているが、亡母を川島自身と小野だけが視認できていることをみると確かに何らかの繋がりがあり、最後の2人の会話は決別であり、あの受け答えは川島なりの責任の取り方でもあるのではないかとぐるぐる考えた。
まあわかんないこともたくさんあるんですけど…酒場で川島が小野を見つけた後、次に登場する小野は教団施設にいるけど、この間ってどうなってるんだ、小野はこの世界に実在しているともいないともいえる存在だからどこにでもいられるのか?そのへんのレイヤー感がわからない。あとこれは個人的な好みとして川島と奥田・飛鳥の出会いが見てみたかったな。
飛鳥を教団に残して旅に出た川島と奥田が、爆音でmy sweet darlin'が流れる中、大量のルビーグレープフルーツを潰したり引き裂いたりすることで惨殺を表現している(多分)シーンはすごく好きだった。奥田だけグレープフルーツを食べていたように思うんだけど、オーティス・トゥール(ヘンリーの相棒)が食人趣味だったから?あれは怖がらないといけないシーンなのかもしれないけど美しく感じる。というか奥田洋平さんが良すぎた。凄い。櫻井さん演じる刑事に向かって「お前も悪いよ」って言うシーンの空気の変わり方ゾクゾクした。絶対♡福井夏が初見だったので2回目なんだけど、真逆のベクトルの役って感じなのに(堅物大学教授とサイコパス殺人鬼)両方めちゃくちゃ良くてもっといろんな役が見たい!!パラドックス定数に出てくれませんか???(私欲)奥田に対する晴の「乾いてる、湿ったところがひとつもない」って表現がマジで言い得て妙。川島さんは飛鳥さんと喧嘩するシーンで、ブス!豚!って言われてるのにメロンパン!しか出てこないシーンが、嘘でも悪口が言えないくらい好きなんだなと感じさせてどうしようもなく可愛かった。飛鳥が川島にしたことってもちろん飛鳥には自分の道を選ぶ自由があるんだけど、全部預けさせて突き放す残酷さがないとも言えず…。
無軌道な殺人に加え、あとこのシーンの後ろで飛鳥と、教団で神の生まれ変わりとされていた捨て子の晴が会話を交わしていて、晴は神様を辞めて教団を出ていくと話し、「今までの絶対がもし絶対じゃなかったら?」と飛鳥に聞くんだけど、ここから飛鳥の中で絶対だった川島への愛が失われることを考えると崩壊の前兆であり、その刹那性が美しいのかもしれない。
他にも母親役の伊達さんが全身を絡めとる泥みたいな邪悪さと支配性を見せていてすごいのと、川島の幼馴染で彼を更生させようとする友人役の堀さんが弾ける善性を見せていて素敵だった。成人男性の全力の駄々はそれどころじゃないシーンでも笑ってしまう力がある。堀が川島に普通に生きてほしいというのは確かに堀自身の罪悪感に由来しているのかもしれないけど、それでも関わろうとしている時点で川島のことを思ってもいると思う、行動の目的ってひとつじゃないから。小野さんはとにかく最後の川島さんとのシーンが好きだった。
あとMCRはセクシャルマイノリティを当然の存在として作品内に出してくるところ好きです。ギリギリだなと思うときもあるけど。