言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

他者の内面を推し量る難しさ

「もはやしずか」感想。「泣くロミオと怒るジュリエット」以来橋本淳さんが気になっていて、加藤拓也さんの作品も面白いと思うので観に行った。

 

シアタートラムって通常のステージ側にも客席作れるんだな。モデルルームみたいにシンプルできれいな部屋のセット(二方が開いている)中央にカウンターキッチン(シンクはちゃんと水が出る)とダイニングテーブル。上手側にソファと間接照明と観葉植物。天井もコーブ照明と、小さなダウンライトがたくさん。

 

雅夫(平原テツさん)と郁代(安達祐実さん)の夫婦、息子の康二(橋本淳さん)と健司(マネキン)の家庭から物語が始まる。健司は自閉症で言うことをきかず、保育園の先生(藤谷理子さん)はデリカシーがなく無能、家庭は追い詰められている。ある朝登園を渋る健司を康二が連れ出して交通事故に遭い、健司は亡くなったことが示唆される。

時が経って大人になり、映像編集の仕事をしている康二と麻衣(黒木華さん)の夫婦。ふたりは妊活中だが、熱心な麻衣とさほどでもない康二の間には温度差がある。麻衣は妹の香里(天野はなさん)と仲が良く、何でも相談する仲だがちょっとべったりすぎる印象もある。不妊に焦る麻衣は康二に黙ってSNS経由で精子提供を受けようとするが、受け取ったものの結局思いとどまる。しかしその注射器のゴミを見つけてしまう康二。その後麻衣は妊娠する。しかし妊婦健診で子供に障害がある可能性が高いと診断され、中絶を望む康二と産みたい麻衣は口論になり離婚に至る。

子供は結局健常に生まれ、しばらくして康二の家に両親と麻衣がやってくる。よりを戻したがる麻衣に対しそれは難しいと答える康二だが、食い下がられ、麻衣の精子提供を知っていることを告げる。そして根本的な話として子供の頃の事故のトラウマについて語り、何度シミュレーションしても自分の子供が事故に遭う、だから子供を育てることはできないと言う。子供を育てることで康二自身が変われるのではないか、と言う両親と麻衣。問答の末、一旦考えてみるという話で押し切られ、話題が変わって康二が最近作った映像を見せてと言う麻衣。PCで再生し始めると、セット左右の壁に赤い血が流れ、カウンターキッチンが開いて中からたくさんの子供の人形が飛び出してくる。事故に遭ったときに着ていた血まみれの上着を羽織り、子供の人形の頭を剥いて、中に入っている何か(何かむしってた。みかん?)を食べ始める康二。幕。

 

結末がとにかくすごい。正直ラストシーンのちょっと前まで、子供を育てることで康二自身も変われるみたいなくだりは、随分優しいというかとってつけた綺麗事な感じで落着するんだなあ、あんまり好きな作品じゃないかもな、と思っていたのだけど、最後で全部ぶち壊された。

あの終わり方についてはいろんな捉え方があると思うが、今日実際見た表現と戯曲の記載内容は結構印象が違った。現地で観たときは康二が健司を食べたことがとにかく気になってしまって、劇中では事故の影響とされていた康二の異食症がもっと根深い問題だったのか、何なら健司の事故にも関係があるのか?とか思ったんだけど、戯曲の書き方をふまえた感想としては、シンプルに康二が繰り返したシミュレーションそのものがあの結末で、いかに彼の内面に抱えている闇が根深く解消されようのないものであるか、ひいては他者の内面を推し量ったり想像したり共感することがいかに難しいか(および、それをできると簡単に思うことがいかに短慮であるか)を表現しているのかなと感じた。

 

加藤拓也さんの作品、「ぽに」もそうだったんだけど、出てくる人間を誰ひとり好きになれない。今回だとまだ雅夫と郁代は比較的無理じゃなかったけど、終盤康二によりを戻すよう働きかける(そうではないと言っているけど明らかにそういう意図がある)のがちょっとな…程度の差こそあれ全員それぞれの嫌さがある。すごくリアルな会話のやりとりのそこらじゅうに、脳がチリチリする不快感が埋め込まれていて、観ている側にフラストレーションがたまるし、内なる暴力衝動も呼び起こされる気がする。それの最たるものが今回だと藤谷理子さん演じる保育園の先生だと思う。マジで邪悪なんだけど現実の延長線上にいそうなんだよな。雅夫が包丁を手に取ったとき、正直「刺せ!」って応援してしまった。康二と麻衣の夫婦もなかなかで、特に麻衣はかなりヤバい女だなと思うんだけど(一見柔らかな印象の中に、どこまでも自分のことしか考えていないサイコパスみがある、黒木華さんの演技がすごい。まあ康二も大小の差こそあれそういう部分はあるが、お寿司のくだりとか)これも中絶するしないで口論している場面、康二がお前さあ!と声を荒げた瞬間に共感してしまっている自分がいた。あとどうでもいいけどセックスのこと仲良しって言うの生理的に無理。

 

キャストが皆良い。前述の藤谷さん黒木さんをはじめ、橋本淳さんは場面ごとに見た目何も変えずとも演技だけで子供と大人を行き来していたし、最後の独白のもたせ方もすごい。安達祐実さんの神経がやや細くて追い詰められてしまいがちな感じもよくわかる。平原テツさんのバランス感覚は本当に演技がうまい人だ…と思う。あと上田遥さん演じるメンズエステ嬢の前田の底が抜けてる感じ良かったな。なんか全体的にヘビーな話だけど、それゆえに逆に笑ってしまう瞬間が随所にあって、その緊張と緩和がうまい。あと台詞が言い回しとか同じ内容の繰り返し、意味のないクッションの発言や指示語など含めてすごくリアルな会話になっているんだけど、戯曲見たら全部ちゃんと書いてあって、その緻密さにも驚く。

 

総合して、すごくクオリティの高い嫌さがある。嫌さに没入できる。だから嫌だな〜と思いながら観に行ってしまう。ただ今作もう1回観に行く予定なんだけど本当にいける?めちゃくちゃ疲れるんだよな…。

 

あと、わたしは既婚だが子供はおらず積極的にほしいとも思っていなくてひとりっ子(あと出生前診断には肯定的)という人間のため、あまり当事者性を感じずに観ており、障害もしくは不妊、何かしらの当事者だったら全く違う感想を抱くかもしれない。マジで無理な人は無理な話という気がする。ただ描き方に軽率さは感じないというか、あくまでフィクションとしての冷徹な距離感を感じる。

どうでもいいことかもしれないけど、弟の名前が健司で兄の名前が康二なのはなんでなんだろうな(字の持つ意味や並び的には逆じゃないかという気がしたので)

 

2列目だったので、コーヒーを淹れるとコーヒーの匂いがする気がしたし、ラストもみかんの匂いがした気がする(食べてるもの自体は見えなかったので、これで全然みかんじゃなかったらすみません)下手側で、ダイニングテーブルでのシーンはかなり見切れていたので、俯瞰できる席や反対側だとまた違う印象があるかもな。