言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

欠落と過剰の交差が生む奇跡

「アーモンド」神農直隆さんが観たくて行った。本当はAとBを1回ずつ観る予定だったんだけど、前半が中止になってしまって追加できる日がなかったのでBのみ。ユンジェが眞嶋さん、ゴニが長江さん。


舞台の外周に大量の本が散らばっていて、半透明の細長い板がいくつか立てられたセット。箱やパイプ椅子を出し入れしてシーンを作る。シンプルな舞台のほうが好きなので、セット見た時点で好きそうだと思った。


主人公のユンジェは脳の扁桃体が生まれつき人より小さいことが原因で失感情症であり、喜怒哀楽や恐怖といったものがわからないし他者に共感もできない。周囲の人からは怪物呼ばわりされながらも、祖母と母に愛されて育つが、17歳のクリスマスイブ(ユンジェの誕生日でもある)通り魔に襲われて祖母は亡くなり、母は植物状態になる。その惨劇を目の前で見てもユンジェは何も感じなかった。ひとりになったユンジェは母が営んでいた古本屋を続けながら、母の友人である大家・シム博士の援助も受け暮らしている。ある日大学に勤めるユン教授という男が店を訪れ頼み事をする。それは余命わずかな妻のために、幼い頃行方がわからなくなった息子のふりをしてほしいというものだった。ユンジェはそれを承諾し、教授の妻はユンジェを息子だと思ったまま亡くなる。しかし教授の本当の息子であるゴニはそれを知って怒り、ユンジェを暴行する。ゴニは親元を離れた後施設で育ち、暴力的で感情を抑えることができない。殴られても恐怖を感じないユンジェは、ゴニに興味を持つ。ふたりはぶつかりあいながら友人になっていく。ユンジェはドラという陸上部の女子生徒と知り合い、淡い恋に落ちる。一方ユンジェは年上の悪い仲間とつるみ始めて生活が荒れ、修学旅行で金を盗んだ疑いをかけられたことをきっかけに家出する。ユンジェはゴニを探しに行き、ハリガネの兄貴と呼ばれる不良(ヤクザ?)の元から連れ帰ろうとする。ゴニをかばってハリガネに刺されるユンジェ。しかしふたりで協力してナイフを奪い、ゴニがハリガネを刺す。ユンジェは回復し、母親も目を覚ます。ラスト、ユンジェがゴニを友と呼び、会いに行くシーンで幕。


原作は韓国のYA小説とのこと。ユンジェに感情がなく、演技で内心を見せることが難しいからなのか、普通に会話で進んでいくのではなく、小説の地の文にあたるユンジェの一人称視点を本人や他のキャストが入れ替わり立ち替わり読み上げる。これって下手するとすごく淡々としてつまらなくなってしまいそうなんだけど、演者が皆うまいのと、台詞に合わせた抽象的な身体の動き(コンテンポラリーダンスめいてもいる)があることによって絵が移り変わり、興味をそそられた気がする。クリスマスの事件が起きる前のシーン、人々のパレードみたいなかわいいダンスと、ゴニが蝶の羽を目の前でむしることでユンジェに感情を感じさせようとするシーン(このシーン自体すごく鮮烈に記憶に残る)で、パイプ椅子に座った白い衣装の佐藤さんが蝶を演じるのが特によかったな。


ストーリーはわりとストレートなので、驚きの展開という感じではないけど、ユンジェが祖母と母を助けず傍観していた人々への思いを吐露し、そんな感情ならいらないと叫ぶシーンはハッとした。あとラスト刺されたユンジェに取り乱して「何でもしてやるから!(だから死ぬな)」と叫ぶゴニと、この状況で「君が傷つけた人たちに謝るんだ」と返すユンジェにもぐっときたな。このふたりは破れ鍋に綴じ蓋というか、欠落と過剰ゆえに奇跡的に成立する通じ合いという面があると思う(だからユンジェも決して聖人なわけではない)このふたりが互いに出会えたことは幸運であると言いたい。

あと見せ方としては、冒頭いきなりクリスマスの事件シーンからなのは結構驚いた。スポットを浴びてハンマーを何度も振り下ろし、ナイフで突き刺し、その後自身の腹にもナイフを突き立ててゆっくりくずおれる神農さんが、良いというのも語弊があるがすごく見てしまう吸引力があり、これでぐっと物語の世界に引き込まれたなと思う。

ひとつだけ思ったのは(これは原作がそうなんだと思うのですが)ドラの登場から恋に落ちるくだりが突然新しいブロックに入った感というか、イベント消化感がややあり、頭からドラが出ていたらまた違う印象だったかもなとも思った。年頃になり異性との出会いと恋愛で成長するというの、もちろんそういうこともあるんだろうしYA文学としては自然なのかもしれないが、ちょっとだけ引っかかる部分もなくはない。再会したゴニに対してユンジェが「きみはそんな子じゃない」と言うのも、それまで同じレイヤーにいたふたりなのにユンジェだけ急に精神年齢を上げた感があり、かすかに違和感を覚えた、でもきみはそんな子じゃない、はゴニが保護者から言われたくて言われなかったことでもあるから、それはそれでいいのか?


キャストが皆それぞれ良い。眞嶋さんはちょっと三白眼ぽい目つきと端正な顔立ちが『ロボット』と揶揄されることもあるユンジェの異質さによく合っていたし、ハリガネに首を絞められた後の白目剥く演技が真に迫っていて驚いた。ユンジェが感情がないというベースから早々にぶれすぎるとご都合主義的になってしまうと思うので、本当にちょっとずつ変わっていく演技が必要だと思うんだけど、すごく自然だったと思う。長江さんは他の舞台で見たことあって、なんでも器用にこなす俳優さんという印象だったんだけど、ゴニの怒りが身体におさまりきらずにあたりへ吹き出しているような、感情を爆発させる演技、迫力あってよかった。神農さんはユン教授の身勝手な人間らしさ(でもこれはどうしようもないことでもある)もやるせなかったし、名前のない役(テレビを見ていた男、通り魔、クラスメイトなど)を複数やるのが、全部まず目から違う人に見えて良い。今井さんも決して押しつけず決めつけず、温かくユンジェを見守る博士の優しさと、ハリガネの抑制した怖さがまるで違ってすごい。そういえばユンジェとゴニは黒衣装にワンポイントの赤、他のキャストは基本グレーで名前のある役のときはえんじ色を身につけていたんだけど、通り魔・饅頭・ハリガネ・蝶は白い衣装だったな。智順さんの母はキュートさと愛情深さがひたひたに感じられたし、伊藤さんの祖母は観る前なんで男性が演じるんだろうと思ってたけど、がらっぱちだけど強くて唯一無二な祖母に予想以上にハマってた。佐藤さんのドラは活発で等身大の少女という感じで、エネルギーをもてあましているような溌剌さがあった。


音楽は舞台後方でバイオリンとピアノの生演奏。これも贅沢で、決して前に出すぎるわけではないのに舞台を豊かなものにしていてよかった。Aだとチェロとピアノらしく、また雰囲気が違ったりするのかな。


トラムで観た芝居だいたい全部好きな気がする。多分劇場自体も好みなんだろうな。段差があって観やすく、舞台に奥行きが十分あるけどステージと舞台は近くて、舞台と客席の幅が大体同じだから見切れにくい。あとロビーがかっこいい。


最後に突然オタクの怪文書になるんですけど、冒頭でダンス的な大きな動きをする神農さんを見てたら、この人は生物としてめちゃくちゃ美しいな…という気持ちが突然わいてきた。おおらかでのびのびとしていて、きれいな海を見たときみたいな清々しい気持ちになった。立っているだけでもスッとしている。好きだ!この俳優さんの演技をもっと観たい。