言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

愛と鎮魂のダンス

「マヌエラ」去年数作観て、素敵な役者だなあと思っている宮崎秋人さんが出ていたので観に行った。


第二次世界大戦直前の上海を舞台に、日本人女性ダンサー・マヌエラ(妙子)を中心として運命に翻弄される人々の物語。海軍中尉の和田、ゲイでユダヤ人の振付師パスコラ、その恋人のタップダンサーで共産党テロリストのチェン、マヌエラのクラブの同僚でロシア革命亡命者のリューバ、その恋人でマフィア・杜月笙の用心棒をしているボリスらが入り乱れる。マヌエラ、パスコラ、杜月笙は実在人物で、和田は架空だけどマヌエラが戦後に結婚した3人目の夫から名前をとっているのかな。元宝塚スターが主演だしタイトルも主人公名なので、宣伝見た感じだとマヌエラと和田のラブストーリーがメインなのかと思っていたら、確かに珠城さん演じるマヌエラの見せ場はあるんだけど、周りの人々についても描かれている群像劇要素がかなり強く、ラブストーリーというよりもっとシビアな作品だった。


演出が結構自由というか、好きだなと思うところと、これ何でこうしたんだろ?と思うところの両方があって感想が難しい。まず演出の千葉さん演じる司会者とピアニストが客席通路を通って登場し、マイクを手にかつての上海について語り出す、そしてダンサーがポーズを決める始まり方はすごいワクワクする!と思ったんだけど、その後ちょっと拍子抜けした。これは劇場の問題なのかもしれないが、ダンスシーンの音楽に迫力がなさすぎないか。理屈はわかんないんだけどピアノ生音のシーンはまだ大丈夫なんですが、オケ流れてるだけのシーンの音響が全然で、そのせいでダンスに集中しづらく、すごく勿体無いと感じた。単純にボリューム上げたら多少マシにならないのか?でも反響の問題なのかなあ。あとBGMがないシーンが比較的多いわりにセリフのやり取りにあまり緩急がないためか、やや間伸びした印象をうけるのと、変な間が生じるときがある。説明が難しいが、たとえば喋る→無言で何か行動する→喋る、というシーンのとき、本来無言の部分は無言でもその動作演技で引きつけて観客の注意力を埋める必要があるんじゃないかと思うんだけど、単に間が空いているだけと感じ居心地が悪い瞬間があった。これはアフトで舞台歴が少ない出演者もいるということと、ガチガチに決めない演出方針だということがわかったので、もしかすると公演期間が進むにつれやりとりが馴染むかもしれない。あとクラブに次々やってくる人々を順に紹介していくくだりでどうしても漂うルーティン感とか、とにかく1幕はずっと平坦だな…別につまらなくはないが…という感想だった。元々かなり少ない登場人物で演じるストプレらしくて、演出を加えているとはいえちょっと箱がでかすぎるのかもしれない。クラブのシーンでマヌエラのバカデカポートレートが出てきたのは面白くなってしまったけど、調べたら当時大通りに踊るマヌエラの大きな写真が飾られたという時代背景があるんですね。それはすみません。


でも2幕でどんどん登場人物が不幸になっていくにつれ、場に緊迫感が出てきて引き込まれた。和田中尉が戦争の火種を作る場面の、ダンサーのアンサンブルが僧侶に扮して、タップを踏む工員のアンサンブルと入り乱れるところとか、おもしろい絵作りだと思う。やがて戦争の影が濃くなる中、チェンは蒋介石暗殺に向かう。ここの上手階段上、ムーランルージュでタップを踊りたかった、と吐露するチェンの決壊寸前な表情演技がめちゃくちゃ良い。宮崎秋人さん、完全に自分の中で「この人が出てたら1回は観よう」と思う枠になってきた。2幕冒頭の転んだマヌエラを茶化すくだりもよかったな。今回出番はそこまで多くないんだけど、芝居を観た…という満足感が残る演技。チェンはダンサーだけど、それより前に中国共産党員としてのアイデンティティがあるから、踊るために国を捨てることはできない。

この作品は国家とアイデンティティの物語だと思っていて、国を捨てたマヌエラ、国を失ったリューバ、国のために戦うチェン、国を持たないパスコラ、国と同一化している和田、国を利用する村岡…と、個人と国の様々な関係性がみられる。マヌエラは日本を捨て、自分のアイデンティティは日本人ではなくダンサーだと言うけど、祖国のない人々の悲劇を見るに、日本人であることが彼女の人生に与えた影響も少なくはないわけで…あと戦争が始まりボリスの亡命を阻みたい杜月笙にリューバが拉致され拷問された後、マヌエラの元にやってきた和田がふたりの出会いを運命と呼んだことに対して、マヌエラが運命は全てを失った人だけに残された言葉、みたいに怒るくだりが印象深かった。一個わかんなかったのが、リューバを拷問した後そのナイフを持った杜月笙が下手にずっといて、安全のため日本軍が占領しているホテルに来るように求める和田と断るマヌエラのやりとりの後、杜月笙が手で指すと2人は店を出ていき、中央で杜月笙が村岡に耳打ちする。ここの杜月笙は実際同じ店の中にいるわけではなく空間としては別の場にいるという認識だったが、そうじゃなくてずっと話を聞いてたのか?ここをどうとらえればいいのか動きの意図がわかんなかった。耳打ちは村岡にマヌエラを捕らえさせる指示だと思うんだけど。拷問シーンで、杜月笙とリューバの愛に対する正反対な思想が見えるのはよかった。


最終的に上海の地で夢を持って強く生きていただけの彼らの人生はことごとく破壊される。チェンは拷問の末に国民党に銃殺刑に処され、パスコラはダビデの星を胸に付けられてドイツへ送還される(おそらく収容所で死ぬだろう)。リューバはアヘン漬けにされ犯されて首を斬られ、その首を渡されたボリスは敵である村岡を撃とうとして逆に射殺される。そしてマヌエラを憲兵隊に連行しようとした村岡を和田は反射的に射殺する。

ここの和田がよかったんですよね。正直そこまでだと渡辺さんの堅物軍人役はハマってはいるけど特に上手いという印象ではなかったが、村岡を衝動的に殺してしまった動揺、リューバのため?と尋ねられて俺はこの男が許せなかっただけだ!と叫びマヌエラに銃を向ける混乱した姿は、個人としての自分を国家と一体化させることで迷いなく生きてきたのに、初めてそれに反する行動をとってしまいアイデンティティの揺らぎに怯える男の心の動きが鮮やかに感じられ、初めて和田のことを少し好きになれた。

そんな和田にマヌエラは踊ろうと言い、ためらう彼の手をとって踊り始める。すると死んだ恋人たちも現れ、ステージで皆が踊るが、司会者は時計を止め、物語を終えようとする。しかしピアニストがそれを止める。彼女は司会者を舞台から蹴落とし、ダンスダンスダンス!と叫び、それまで言葉を発さなかったダンサーたちにマイクを向ける。やがてダンスダンスダンス!の声と手拍子が高まると、現実では着ることがなかった白いドレスを纏ったマヌエラが現れ、皆が見守る中ソロで踊り、ダンスを終えてそのまま幕。この終わり方がかなり好きだった。


アフトで千葉さんが話していたんだけど、この作品には外枠と内枠があり、司会者・ピアニスト・5人の女性ダンサーは外枠、それ以外の登場人物は中枠にいるとのこと。だからダンサーには劇中でセリフがないし(声は発するけど)、モブとしての役だけでなく舞台装置的な役割もこなすということなんだと思う。ただ物語中も司会者とピアニストはずっといるけどさほど目立たないので、ここで急速にメタ構造が顕在化する印象がある。

現実において、マヌエラと和田のダンスに運命を変える働きはない。和田は陸軍諜報部の人間を射殺したことで何らかの責に問われるかもしれないし、マヌエラは史実では日本に帰国して平和に暮らすけど、この世界でどうなるのかはわからない。彼らはおそらく幸せになれないが、司会者の男性=物語を支配する強者はそのまま、ナレーションで遠い昔のお話として締めくくろうとする。それをピアニストの女性=本来ステージ上での言葉を持たない弱者が止め、物語の主導権を奪う。そしてここまで声なき者だったダンサーの女性たちが初めて自らの思いを声に出し、虐げられた者たちの声が集まり、すべてを昇華させるようにマヌエラが踊る。ラストの5分半のダンスは、物語の中で死んでいった全ての者たちへの、ひいては帝国主義が踏みにじった全ての弱き個への愛と鎮魂を示していると感じた。この物語の中で加害的な存在として描かれる杜月笙と村岡にも象徴されるが(和田ももちろん同様なんだけど、村岡を撃ったことでそこからやや降りられた部分がある)、帝国主義と男性中心主義は切っても切り離せない。悪しき価値観をそのまま過去のものとして終わらせることに女性たちからノーを突きつけ、そしてダンスというある意味普遍的な表現を通じて新たな自由を提示する、と捉えた。あと、ここまででマヌエラって一度も衣装でちゃんと踊っていないと思うので(1幕では途中で転ぶ)ここで初めて観客が観客としてマヌエラの完全なパフォーマンスを見ることができるというカタルシスもある。


珠城さんは台詞回しに宝塚の癖みたいなものが多少あるのかな(あんまりストプレっぽくない)と思ったけど、存在感あるし、最後のダンスはさすがに圧巻。最後のダンス、すごく意地の悪い見方をしたら客の大半を占めるであろう彼女のファンへのサービスともとらえられるのに(実際他の作品で主演の歌唱シーンにそういうニュアンスを感じて冷めた経験もある)現場で見ていてそんな風に思わせないのは魅せる力がすごいな〜と思う。陸軍諜報部員かつ裏社会で暗躍するアヘン中毒者の村岡を演じた宮川さんがケレン味すごくてよかった。ただマヌエラの写真から血の涙を流す演出はちょっと白けてしまったかも。何か元ネタがあるのだろうか。あとこれは完全に個人の趣味の話ですが、おそらく振付が好みじゃなかった…ゆったりした美しさはあるけど、もっとダンサーのスキルをバチバチに見せてくれる振付が好きなんだと思う。ジャズかコンテンポラリーを観ることが多いのですが、タップが得意な方らしいのでジャンルの違いもあるのかな。ダンスが物語の中で重要なパーツとなる作品ゆえに、振付が好みだったらもっと物語に入り込めた気もする。でもマヌエラが実際に踊ってた振付に基づいてるとかだったら仕方ないとも思う。パンフが現金のみで買えなかったのが残念。せめて商業舞台はキャッシュレス使えるようにしてほしい。