言語化修行中

観た舞台の感想を書きます。ストプレとダンスが好き。

大きな黄色い棺桶

パルコ・プロデュース「セールスマンの死

去年配信で観たスリルミーの福士誠治さんがよかったので観に行った。


舞台に2本の電信柱が浮いてて、中央に黄色い大きな冷蔵庫。このセットはずっとあるまま、台所・子供部屋・寝室・庭などの部屋のセットが出たりはけたりする。レストランのシーンなどは舞台全体がその場所になる。アメリカが舞台だけど、台所などの室内は日本の古めの家らしく作られていて(電信柱もそうか、アメリカにはないよな)うまく混ざり合っている。


主人公・ウィリーは勤続36年、63歳の旅回りセールスマン。売上成績はよくなく、基本給なしの歩合のみにされて生活は苦しい。生活費の足りない分を昔は見下していた友人のチャーリーから借りてしのぐ日々。妻のリンダは独り言や徘徊など奇行が目立つウィリーを心配し、内勤に異動させてもらえるよう上司に話したらと言う。息子2人のうち、長男のビフは高校時代アメフトで花形選手のいわゆるジョックだったが、留年して大学進学を逃してからは34歳の今まで定職につかずフラフラしており、ウィリーとの折り合いは悪い。次男のハッピーはシャンパンのバイヤー(実際はアシスタント)をしていて女たらしのクズ。ストーリーは妄想と現実を行き来するウィリーの視点で進む。

ウィリーにはベンという兄がおり、アフリカでダイヤを発掘して富を築いているらしい(ウィリーの回想と幻想でしか登場しないので実際の現状は不明)コツコツ働くしかできなかったウィリーは、ベンのような生き方に対して強いコンプレックスと憧れを持っており、幻想の中でたびたびベンに語りかける。またウィリーの父親は幼い頃にベンを連れて出て行ったようで、父親というものを知らないウィリーは自分の父親としてのあり方に自信がない。そのせいで強く尊敬される父親であろうとするあまり、妻子に対し強権的な態度を取ったり虚勢を張ったりする。

西部で仕事を転々としていたビフが久々に家に帰ってきて、ウィリーは不安定になる。リンダは地下室で切られたゴムホースを見つけたことから、ウィリーが自殺しようとしているのではないかと危ぶんでいて、これ以上ストレスを与えてほしくないと、ビフに定職に就くか二度と帰ってこないかを選ばせる。そこでハッピーが兄弟でスポーツ用品のビジネスを始めることを提案、かつてスポーツ用品店で働いていたビフは、昔の上司に融資の相談をしにいくことになる。意味深にゴムホースを手にしたビフで1幕終了。

ハッピーとビフは前祝いだとウィリーをディナーに誘う。それを楽しみに職場へ異動の相談をしにいったウィリーだったが、前社長の息子にあたる上司のハロルドに断られただけでなく職を失う。ビフは融資を断られたし存在自体忘れられていて、その怒りから発作的に元上司の万年筆を盗む(ビフには元々盗癖があり、仕事が長続きしない原因のひとつにもなっている)そもそも自分は配送係にすぎず、元上司が覚えているわけはないと思い出すビフ。ビフから現実を聞き錯乱するウィリーと、レストランを飛び出していくビフ。ハッピーはひっかけた女を連れてビフを追い、ウィリーは置き去りにされる。前後関係忘れたけど、どこかでビフの友達のバーナード(チャーリーの息子)が、ビフは高校時代単位を落として卒業できなかったことで急に人生を諦めた様子だけど、そのときウィリーに会いに行ったはずだ、何があったのか?と尋ねるシーンがある。

錯乱しながら種を買って家に帰ったウィリーは、夜だというのに日当たりの悪い裏庭にそれを植えている。幻想のベンと話し、生命保険金のために自殺しようと考えるウィリー。葬式に人が集まれば息子たちは自分を見直すはずだという。そこにビフがやってきて、家を出るし二度と帰らないと宣言する。ウィリーは昔出張先のボストンで取引先の事務の女性と不倫しており、単位を落とした相談をするためにボストンを尋ねた際、ビフはその現場を見てしまい、それ以降ウィリーを見限っていた。自分への復讐なのかと言うウィリーと、そうじゃない、俺がクズなことを認めてくれと言うビフ。息子は自分を愛していたのだと気づくウィリー。家族が去ったのち、ずっと舞台上に置かれていたが一度も開けられなかった冷蔵庫の扉がひとりでに開く。ウィリーはシーッと人差し指を立ててジェスチャーしながらその中に入っていく。扉がまたひとりでに閉まり、ずっと鳴っていた冷蔵庫のブンブン音が消える。ウィリーを探すリンダの声で幕。


演劇として、ひとつのものに複数の意味を持たせたり、セリフで全部説明せずとも登場人物の内面を想像させたり、という含意のバランスがめちゃくちゃうまいと感じた。終わり方がすごく鮮やかで衝撃を受けたんだけど、調べた感じ他の上演ではウィリーの葬式で終わるパターンもあるようなので、今回の演出なんだと思う。ローンがまだ払い終わっていないのに壊れかけの冷蔵庫は、働き続けて結局何も成し遂げられない(と本人が感じている)ウィリーの人生を象徴するかのようで、そこに彼が入るとまさに棺桶に見える。


あと翻訳劇にありがちな違和感とか堅苦しさをあまり感じなかった。登場人物の大半が手放しに善い人間ではなく、むしろどうしようもないんだけど、そのどうしようもなさに人間臭さがあり、つらいと同時に引き込まれて見てしまう。全員とてもうまい。

段田さんのウィリーはずっと圧倒的なうまさ。ウィリーって何者かになりたいんだけど何者にもなれなかった人で、自分にも多かれ少なかれそういう仕事で成功したいという気持ちがあるから(セールスではないけど)感情としてはかなりわかる部分がある。しかしその現実と理想のギャップに自分の中で折り合いをつけられず、虚言を吐いたり癇癪を起こす。ウィリーは何も残せずに死ぬことを強く恐れているからこそ、息子たちがローマン家の名前でビジネスをするという話に喜ぶし、最後は即物的にに種を植え始める。でもこの世界、何も残さずに死ぬ人間のほうが圧倒的に多いんだよな。

福士さんのビフは、最後に泣きながらウィリーにすがるシーンがめちゃくちゃよかった。ビフは自分が父へのあてつけでろくでなしのふりをしてるわけじゃなく、本当にろくでなしなんだということを理解してほしいんだけど、ビフに自分が生きられなかったような成功者の人生を生きてほしいと期待を寄せすぎているウィリーは、絶対にそれを認められない。おそらく保険金の2万ドルがあったところでビフが成功するとは思えず、最後までウィリーは息子の現実を見ることはできずにいる。でもビフと話す前に幻想のベンと話してるウィリーと、ラストのウィリーでは死を選ぶ心境が違うと感じる。ベンと話しているときは八方塞がりで、家族を見返すには死ぬしかないとやけになっている印象だけど、ビフと話して「あいつは俺を愛してたんだ」と気づいたウィリーが最後に死を選ぶ理由は息子への愛だ。誤った愛だとは思うが、愛ではある。

ベンを演じた高橋克実さんもすごく印象的だった。ウィリーの回想の中に登場し、成功者の象徴としてコンプレックスを感じさせ続けるベンは、常に急いでいて、引きとめるウィリーに時間がないと言う。ハロルドを訪ねたウィリーや元上司を訪ねたビフのように、時間を割いてもらえないというのは自分が相手から軽視されているということだ。だから終盤ウィリーが自殺のアイデアを口に出すとき、幻想のベンは立ち止まってくれて、時間はいくらでもある、と言う。ここの「このままならゼロだけど、死ねば保険金で売上2万ドルだ」みたいなウィリーのセリフがぶっ刺さった。もはやセールスマンとして売れるものが自らの命しかない。

林遣都さん演じる次男のハッピーもよかった。幼少時から両親の関心はビフに集まっていて、何を言っても聞き流されている。子供時代の「ウェイトを減らすよ!」も、現在の「結婚するよ!」も。ハッピーは両親に対してビフよりも精神的距離があるし時に冷淡だけど、正直兄と比べてこの扱いをうけていたらそれはそうだろうな…とも思うし、未だに交友があるだけ良い子な気もする。ビフがレールを外れてもなお両親の関心はビフにあるの、しんどくない?

リンダは自分とかけ離れた女性すぎて感情移入は1ミクロンもできなかったんだけど、鈴木保奈美さんの演技自体はすごく素敵だった。リンダがなぜウィリーをあそこまで愛せるのだろうと思う一方で、時代設定とはいえリンダはおそらく一度も働かずに生きてきているわけだから、それを支えてくれたウィリーへの恩もあるのかな。

総合してこの家族はセリフにもあるように誰ひとり本当のことを話さないので、それが積み重なり続けた結果招かれる悲劇なんだけど、じゃあそれをどうにかする方法があったか?といえば、そもそもウィリーが「強く尊敬される父親」という幻想にとりつかれ長年見栄を張り続けたわけで、家父長制の内面化が原因だと思う。ウィリーがもっと早く、つらいから俺は降りる、家族も自分の人生は自分でなんとかしてくれと言えればこの事態は避けられたと思う一方で、そうすることを是とするメンタルにウィリーは絶対たどりつかないなという気もして、何というかバッドエンドなんだけどこれしかなかったな…という変な腹落ちがあり、めちゃくちゃどんよりする。とても良い舞台を観た。